〜 今宵までで全80首になりました 〜
花散らで 月は曇らぬ よなりせば ものを思はぬ わが身ならまし
[作者] 西行法師
[一首の意] 花は散ることなく、月は曇ることのない夜。 そんな夜であったならば、自分はもの思うことはないであろうに。
山家集 上 春 90
雲にまがふ 花の下にて ながむれば 朧(おぼろ)に月は 見ゆるなりける
[作者] 西行法師
山家集 上 春 126
雪と見えて 風に桜の 乱るれば 花の笠きる 春の夜の月
[作者] 西行法師
[一首の意] 雪と見違うばかりに風に桜が乱れるので、 春の夜の月が花の笠を冠ったように見える。
山家集 上 秋 303
庵にもる 月の影こそ さびしけれ 山田は引板(ひた)の 音ばかりして
[作者] 西行法師
[一首の意] この庵に洩れ込んでくる、月の光こそまことに 寂しいものである。引板の音ばかりして。
山家集 上 秋 307
天の原 月たけのぼる 雲路をば わきても風の ふきはらはなん
[作者] 西行法師
[一首の意] 大空へ月が高く上ってゆく路にかかる雲を、 とりわけ風が吹き払ってほしいものである。
山家集 上 秋 閑待月 318
月ならで さし入る影の なきままに 暮るるうれしき 秋の山里
[作者] 西行法師
[一首の意] この秋の山里に、月以外に訪れてくるものもないので、 日の暮れるのが嬉しいことだ。
山家集 上 秋 月前遠望 327
くまもなき 月の光に さそはれて 幾雲居まで ゆく心ぞも
[作者] 西行法師
[一首の意] 隅々まで隈なく照らす月の光に誘われて、 遥かな雲居の彼方まではせ行く心であろうか。
山家集 上 秋 328
誰来なん 月の光に さそはれてと 思ふに夜半(よは)の 明けぬなるかな
[作者] 西行法師
[一首の意] この月の光に誘われて誰が訪ねて来るだろうかと、 よもすがら月を眺めていたが、誰も来ずに夜が明けてしまった。
山家集 上 秋 334 −八月十五夜−
秋はただ 今夜一夜(こよひひとよ)の 名なりけり 同じ雲居に 月はすめども
[作者] 西行法師
[一首の意] 秋、同じ空に月は澄んでいるけれども、今宵八月十五夜 一夜のみが、秋の名に価するかのように思われるよ。
山家集 上 秋 340 −月の歌あまたよみけるに−
いづくとて あはれならずは なけれども 荒れたる宿ぞ 月はさびしき
[作者] 西行法師
[一首の意] どこであろうと月があわれでない所はないが、 荒れ果てた宿を照らす秋の月はことに寂しさのまさるものである。
山家集 上 秋 342
身にしみて あはれ知らせる 風よりも 月にぞ秋の 色はありける
[作者] 西行法師
[一首の意] 身にしみて秋のあわれを知らせる、詠まれた風よりも、 月にこそ秋のあわれを知らせる色はあるのだ。
山家集 上 秋 345 −月の歌あまたよみけるに−
木の間洩る 有明の月を 眺むれば さびしさ添ふる 峰の松風
[作者] 西行法師
[一首の意] 木の間より洩れてくる有明の月の光を眺めていると、 更に峯の松風が響いてきて寂しさを添えることだ。
山家集 上 秋 349 −月の歌あまたよみけるに−
月を見て 心浮かれし いにしへの 秋にもさらに めぐりあひぬる
[作者] 西行法師
[一首の意] 月を見て心浮かれた昔。あの頃の心浮かれた秋のような気持ちに 再びめぐりあったよ。
山家集 上 秋 351 −月の歌あまたよみけるに−
夜もすがら 月こそ袖に 宿りけれ 昔の秋を 思ひ出づれば
[作者] 西行法師
[一首の意] (出家前の)昔の秋のことを思い出すと、袖に置く懐旧の 涙に夜通し月は宿ることである。
山家集 上 秋 353 −月の歌あまたよみけるに−
行方なく 月に心の 澄み澄みて 果てはいかにか ならむとすらむ
[作者] 西行法師
[一首の意] 月を眺める自分の心は、月の澄むごとくどこまでも澄んで行き、 そのゆきつく果ては一体どのようになってしまうことであろうか。
山家集 上 秋 365 −月の歌あまたよみけるに−
影さえて まことに月の あかき夜は 心も空に 浮かれてぞすむ
[作者] 西行法師
[一首の意] 月の光の冴えわたった明るい夜は、心も空に住むかのようになり、 そして月が澄むごとく自分の心も澄みわたることである。
山家集 上 秋 369 −月の歌あまたよみけるに−
もろともに 影をならぶる 人もあれや 月の洩りくる 笹の庵に
[作者] 西行法師
[一首の意] 月の光の洩れてくるこの粗末な笹の庵に、共に並んで月を 愛でる人がいて欲しいものだよ。
山家集 上 秋 375 −月の歌あまたよみけるに−
くまもなき 月の光を 眺むれば まづをばすての 山ぞ恋しき
[作者] 西行法師
[一首の意] 隈なく照らす月の光を眺めると、まず姨捨山の月が 恋しく思い出されることだ。
山家集 上 秋 382 −月滝を照らす−
雲きゆる 那智の高嶺に 月たけて 光を貫ける 滝の白糸
[作者] 西行法師
[一首の意] 那智の高嶺では、山の上の雲が消え、月が冴えわたり、 滝の白糸が月光を宿す飛沫を貫くかのように落下している。
山家集 上 秋 401 −月に寄する述懐−
世の中の 憂きをも知らで すむ月の 影はわが身の 心地こそすれ
[作者] 西行法師
[一首の意] 世の中の憂きことも知らず空に澄みわたっている月は、 わが身のそうありたいと思っている境地と同じような気持ちがするよ。
山家集 上 秋 404 −月に寄する述懐−
さらぬだに 浮かれてものを おもふ身の 心をさそふ 秋の夜の月
[作者] 西行法師
[一首の意] 月夜でなくてさえ心落ち着かず、物思いにふける自分であるが、 特に秋の夜は、月に心を誘われて、一層落ち着かないよ。
山家集 上 秋 406 −月に寄する述懐−
あながちに 山にのみすむ 心かな 誰かは月の 入るを惜しまむ
[作者] 西行法師
[一首の意] ひたすらに誰にもまして月の入る西の山にのみわが心 は惹かれることだよ。月が山へ入るのを惜しまない人がいるだろうか、 誰しも惜しむことではあるが。
山家集 上 秋 411 −旅まかりける泊りにて−
飽かずのみ 都にて見し 影よりも 旅こそ月は あはれなりけれ
[作者] 西行法師
[一首の意] 飽きることなくいつも都で仰いでいた月よりも、 旅の空で眺める月影こそ、この上なくあわれ深く思われるよ。
山家集 上 秋 412 −旅まかりける泊りにて−
見しままに 姿も影も 変わらねば 月ぞ都の 形見なりける
[作者] 西行法師
[一首の意] 旅の空で仰ぐ月も、都で見たのと同じく姿も光も 少しも変わらないので、月こそ都の形見であることだ。
山家集 上 秋 414
−心ざすことありて安芸の一宮へまゐりけるに、たかとみの浦と申す所に、
風に吹きとめられて、程経にけり。苫葺きたる庵より月の洩りくるを見て−
波の音を 心にかけて 明かすかな 苫もる月の 影を友にて
[作者] 西行法師
[一首の意] 風のために舟が止められて、苫葺きの庵に宿っているが、 その苫を洩れてくる月の光を友として、波の音に風の様子をおしはかり、 いつ舟出できるのだろうと心にかけながら夜を明かすことである。
山家集 上 秋 415
−まゐりつきて、月いと明(あ)かくて、あはれにおぼえければ−
もろともに 旅なる空に 月も出でて すめばや影の あはれなるらむ
[作者] 西行法師
[一首の意] 月は大空を旅し、自分も旅の空にある。ともに旅の空に あることとて、澄み渡る月の光が格別あわれ深く感じられるのであろう。
山家集 上 秋 418 −旅宿の月−
都にて 月をあはれと 思ひしは 数よりほかの すさびなりけり
[作者] 西行法師
[一首の意] 都において月を見てあわれだなと感動したのは、 今、旅宿で仰ぐ月に比べれば、及びもつかぬ興趣であったよ。
山家集 上 冬 516 −寒夜の旅宿−
旅寝する 草の枕に 霜さえて 有明の月の 影ぞ待たるる
[作者] 西行法師
[一首の意] 草枕結んで旅寝をすることであるが、霜の置く夜寒に耐えかね、 早く夜明けにならないかと、有明の月の昇るのが待ち遠しく思われるよ。
山家集 上 冬 517 −山家の冬の月−
冬枯れの すさまじげなる 山里に 月のすむこそ あはれなりけれ
[作者] 西行法師
[一首の意] 何もかもすっかり枯れ果てて荒涼とした山里に 月のみが澄んだ光を落としている光景は、まことにあわれ深い 眺めだよ。
山家集 上 冬 519 −月寒草を照らす−
花におく 露に宿りし 影よりも 枯野の月は あはれなりけり
[作者] 西行法師
[一首の意] 秋草の花に置いてとりどりの色を見せた露に 宿った月の光よりも、草木も枯れはててしまった野を照らす 冬の月の光は、一層あわれ深いよ。
山家集 上 冬 520 −月寒草を照らす−
氷しく 沼の葦原 風さえて 月も光ぞ さびしかりける
[作者] 西行法師
[一首の意] 氷が一面に張り詰めている沼の葦原は、 吹き渡る風も一段と冴え渡って、寂しさ極まりないが、 風になびく葦、氷が冷たく輝く沼にかげを落としている月の 光も寂しいことである。
山家集 上 冬 521 −閑夜の冬の月−
霜さゆる 庭の木の葉を 踏み分けて 月は見るやと とふ人もがな
[作者] 西行法師
[一首の意] 霜が一面に置き月の光に一段と冴え渡っている庭の落葉を 踏み分けて、この美しい月を見ているかと訪ねてくれる人のあって欲しい ものだなあ。
山家集 上 冬 522 −庭上の冬の月−
冴ゆと見えて 冬深くなる 月影は 水なき庭に 氷をぞ敷く
[作者] 西行法師
[一首の意] 冬が深まるにつれ、冴え渡って見える月影は、 水も無い庭を照らして、あたかも氷を敷き詰めたようだ。
[収録]山家集 522
月をこそ 眺めば心 うかれいでめ 闇なる空に ただよふやなぞ
[作者] 西行法師
秋の夜の 月の光の かげふけて 裾野の原に 牡鹿鳴くなり
[作者] 西行法師
あはれいかに いづれの世にか めぐりあひて ありし有明の月を眺めむ
[作者] 西行法師
あはれいかに ゆたかに月を 眺むらむ 八十島めぐる あまの釣舟
[作者] 西行法師
あはれなる 心の奥を尋(と)めゆけば 月ぞおもひの 根にはなりける
[作者] 西行法師
あらはさぬ わが心をぞ 恨むべき 月やはうとき をばすての山
[作者] 西行法師
有明の 月こそありけれ み山べに われのみひとり すむかとおもへば
[作者] 西行法師
憂き身こそ いとひながらも あはれなれ 月を眺めて 年の経ぬれば
[作者] 西行法師
憂き世いとふ 山の奥にも したひきて 月ぞ住みかの あはれをぞ知る
[作者] 西行法師
憂き世とて 月すまずなる こともあらば いかにかすべき 天の益人
[作者] 西行法師
うれしきは 君に逢ふべき 契りありて 月に心の さそはれにけり
[作者] 西行法師
思ひきや 富士の高根に 一夜ねて 雲の上なる 月を見むとは
[作者] 西行法師
大空の 月の光し 清ければ 影見し水ぞ まづ氷りける
[作者] 西行法師
おしなべて 秋の野てらす 月影は 花なる露を 玉にみがける
[作者] 西行法師
隠れなく 藻にすむ虫は 見ゆれども われから雲る 秋の夜の月
[作者] 西行法師
神路山 月さやかなる 誓ひありて 天が下をば 照らすなりけり
[作者] 西行法師
雲の上や ふるき都に なりにけり すむらむ月の 影は変らで
[作者] 西行法師
来む世には 心のうちに あらはさむ 飽かでやみぬる 月の光を
[作者] 西行法師
来む世にも かかる月をし 見るべくは 命を惜しむ 人なからまし
[作者] 西行法師
これや見し 昔すみけむ 跡ならし 蓬(よもぎ)が露に 月の宿れる
[作者] 西行法師
さびしさは 秋みし空に 変わりけり 枯野を照らす 有明の月
[作者] 西行法師
さみだれの 雲かさなれる 空はれて 山ほととぎす 月に鳴くなり
[作者] 西行法師
さやかなる 鷲の高嶺の 雲居より 影やはらぐる 月読の社
[作者] 西行法師
誰来なむ 月の光にさそはれてと おもふによはの 明けぬなるかな
[作者] 西行法師
月すみし 宿も昔の 宿ならで わが身もあらぬ わが身なりけり
[作者] 西行法師
月の色に 心を深く 染めましや 都を出でぬ わが身なりせば
[作者] 西行法師
月のゆく 山に心を 送り入れて 闇なるあとの 身をいかにせむ
[作者] 西行法師
月の夜や 友とをなりて いづくにも 人しらざらむ 住みか教えよ
[作者] 西行法師
月見ばと 契りおきて しふるさとの ひともやこよひ 袖ぬらすらむ
[作者] 西行法師
長月の 月の光の 影ふけて 裾野の原に 牡鹿鳴くなり
[作者] 西行法師
眺めつつ 月に心ぞ 老いにける 今いくたびか 世をもすさめむ
[作者] 西行法師
ながらへて 誰かはつひに すみ遂げむ 月かくれにし 憂き世なりけり
[作者] 西行法師
深き山に 心の月し すみぬれば 鏡に四方の 悟りをぞ見る
[作者] 西行法師
ふけにける わが身のかげを おもふまに はるかに月のかたぶきにける
[作者] 西行法師
ふけにける わが世の影を おもふまに はるかに月の かたぶきにけり
[作者] 西行法師
真木の屋に しぐれの音を 聞く袖に 月の洩り来て 宿りぬるかな
[作者] 西行法師
松島や 雄島の磯も 何ならず ただ象潟の 秋の夜の月
[作者] 西行法師
見ればけに 心もそれに なりにけり 枯野のすすき 有明の月
[作者] 西行法師
めぐりあはで 雲のよそには なりぬとも 月に馴れゆく むつび忘れる
[作者] 西行法師
山おろし 月に木の葉を 吹きかけて 光にまがふ 影を見るかな
[作者] 西行法師
山里に 憂き世いとはむ 友もがな 悔しく過ぎし 昔かたらむ
[作者] 西行法師
山里を とへかし人に あはれ見せむ 露しく庭に すめる月影
[作者] 西行法師
夕張の 月にはづれて 見しかげの やさしかりしは いつか忘れむ
[作者] 西行法師
世の憂さに ひとかたならず 浮かれゆく 心さだめよ 秋の夜の月
[作者] 西行法師
分け入りし 雪のみ山の つもりには いちじるかりし 有明の月
[作者] 西行法師
鷲の山 おもひやるこそ 遠けれど 心にすむは 有明の月
[作者] 西行法師
鷲の山 くもる心の なかりせば 誰も見るべき 有明の月
[作者] 西行法師