萬葉集 巻第六〜巻第十

〜 全83首 〜



万葉集 巻第六 雑歌 980

雨隠る 御笠の山を 高みかも 月の出で来ぬ 夜は更けにつつ

[作者] 安倍朝臣虫麻呂
[一首の意] 御笠の山が高いからであろうか、 月がなかなか出てきてくれない。 夜はもう更けてしまったというのに。

万葉集 巻第六 雑歌 981

猟高(かりたか)の 高円山を 高みかも 出で来る月の 遅く照るらむ

[作者] 大伴坂上郎女
[一首の意] 猟高の高円山が高いからであろうか、こんなに遅くなって やっと月が出て照っている。

万葉集 巻第六 雑歌 982

ぬばたまの 夜霧の立ちて おほほしく 照れる月夜の 見れば悲しさ

[作者] 大伴坂上郎女
[一首の意] 夜霧が立ちこめておぼろに照っている月夜の光景を見ると、 何ともうら悲しくてならない。

万葉集 巻第六 雑歌 984

雲隠り ゆくへをなみと 我が恋ふる 月をや君が 見まく欲りする

[作者] 豊前の国の娘子
[一首の意] 雲に隠れてゆくえがわからないので、私が見たいと 心引かれている月を、あなたは見たいとおっしゃるのですか。

万葉集 巻第六 雑歌 985

天にいます 月読壮士 賄はせむ 今夜の長さ 五百夜継ぎこそ

[作者] 湯原王
[一首の意] 天にいらっしゃる月読壮士(つくよみをとこ)さま、 贈り物ならいたしましょう。どうか今夜の長さを五百夜分も 継ぎ足してください。
(月が美しいので、今夜が長くあって欲しいと願う歌。)

万葉集 巻第六 雑歌 986

はしきやし 間近き里の 君来むと おほのびにかも 月の照りたる

[作者] 湯原王
[一首の意] ああ、すぐ近くの里にいるあの方がやっと 来てくださるというので、くまなく月が照り渡っているのでしょうか。

万葉集 巻第六 雑歌 987

待ちかてに 我がする月は 妹が着る 御笠の山に 隠りてありけり

[作者] 藤原八束朝臣
[一首の意] 今か今かと私が待ちかねている月は、あの子が着る“笠”という、 その御笠の山に今まで隠(こも)っていたのだな。
(やっと現れた月を、笠に隠れていたものと見た歌。)

万葉集 巻第六 雑歌 993

月立ちて ただ三日月の 眉根掻き 日長く恋ひし 君に逢へるかも

[作者] 大伴坂上郎女
[一首の意] 月が替わってまだ三日目の、三日月のような眉を 掻きながら、もう逢えるかもう逢えるかと長らく焦がれていた あなたにとうとうお逢いできました。

万葉集 巻第六 雑歌 994

降り放けて 三日月見れば 一目見し 人の眉引き 思ほゆるかも

[作者] 大伴家持
[一首の意] 大空を振り仰いで三日月を見ると、ただ一目見た人の 美しい眉が思われてなりません。

万葉集 巻第六 雑歌 1008

山の端に いさよふ月の 出でむかと 我が待つ君が 夜は更けにつつ

[作者] 忌部首黒麻呂
[一首の意] 山の端で出るのをためらっている月を、 もう出るかもう出るかと待つように、今か今かと待ちかねている 君がいっこうに現れない。夜はもう更けてしまったというのに。

万葉集 巻第六 雑歌 1032

大君の 行幸(みゆき)のまにま 我妹子が 手枕(たまくら)まかず 月ぞ経にける

[作者] 大伴家持
[一首の意] 天皇が行幸につき従っていると、いとしい妻の 手枕をしないままに月が替わってしまった。

万葉集 巻第六 雑歌 1039

我が背子と ふたりし居らば 山高み 里には月は 照らずともよし

[作者] 高岡河内連
[一首の意] あなたと二人でいることさえできたならば、 山が高くて、しのぶよすがの月がこの里に照らなくても、 いっこうにかまいません。

万葉集 巻第七 雑歌 1068

天の海に 雲の波立ち 月の船 星の林に 漕ぎ隠るみゆ

[一首の意] 天の海に雲の波が立って、月の船が、きらめく 星の林の中に漕ぎ隠れてゆく。

万葉集 巻第七 雑歌 1069

常はさね 思はぬものを この月を 過ぎ隠らまく 惜しき宵かも

[一首の意] いつもはこんなことを思ったこともないが、 今晩という今晩は、この月が西に傾いて見えなくなるのがとても惜しまれる。

万葉集 巻第七 雑歌 1070

ますらをの 弓末振り起し 猟高の 野辺さへ清く 照る月夜かも

[一首の意] ますらおが弓末を振り立てて猟をするという名の猟高の野、 今夜はその猟高の野まで清らかに照り映えて見える良い月夜だ。

万葉集 巻第七 雑歌 1071

山の端に いさよふ月を 出でむかと 待ちつつ居るに 夜ぞ更けにける

[一首の意] 山の端に出るのをためらっている月を、 もう出るかとじっと待っているうちに、こんなに夜が更けてしまった。

万葉集 巻第七 雑歌 1072

明日の宵 照らむ月夜は 片寄りに 今夜に寄りて 夜長くあらなむ

[一首の意] 明日の晩照るべき分も一緒に寄り合わさって、 今夜の月夜は長くあってほしい。

万葉集 巻第七 雑歌 1073

玉垂(たまだれ)の 小簾(をす)の間通し ひとり居て 見る験(しるし)なき 夕月夜かも

[一首の意] あの人も来ず、簾(すだれ)を隔てて独り眺めているのでは、 今夜の月は見るかいもない。

万葉集 巻第七 雑歌 1074

春日山 おして照らせる この月は 妹が庭にも さやけかりけり

[一首の意] 春日山の一帯をあまねく照らしているこの月は、 妻のこのささやかな家の前庭にも清らかに照っている。

万葉集 巻第七 雑歌 1075

海原の 道遠みかも 月読の 光少き 夜は更けにつつ

[一首の意] 海を渡ってやって来る月の道が遠いせいで、 月の光がぼんやりとしているのであろうか。 夜はもう更けてしまったというのに。

万葉集 巻第七 雑歌 1076

ももしきの 大宮人の 罷(まか)り出て 遊ぶ今夜の 月のさやけさ

[一首の意] 大宮人たちが退出して遊んでいる今宵の月は、 何と清らかに澄み渡っていることか。

万葉集 巻第七 雑歌 1077

ぬばたまの 夜渡る月を 留めむに 西の山辺に 関もあらぬかも

[一首の意] 夜渡る月を引き止めようと思うが、 西の山辺に関所でもあればよいのにな。

万葉集 巻第七 雑歌 1078

この月の ここに来れば 今とかも 妹が出で立ち 待ちつつあるらむ

[一首の意] 月影がこの位置まで来たので、今にも私が来るかと思って、 あの娘は間口に立って待っていることだろう。

万葉集 巻第七 雑歌 1079

まそ鏡 照るべき月を 白栲(しろたへ)の 雲か隠せる 天つ霧かも

[一首の意] もう月が出てもよさそうなのに、雲が隠しているのだろうか。 それとも空に霧がかかっているのだろうか。

万葉集 巻第七 雑歌 1080

ひさかたの 天照る月は 神代にか 出で反(かへ)るらむ 年は経につつ

[一首の意] 空に照る月は、神代の昔に返ってまたあらためて出ているのであろうか。 年月はかえることなく過ぎ去ってしまうというのに。

万葉集 巻第七 雑歌 1081

ぬばたまの 夜渡る月を おもしろみ 我が居る袖に 露ぞ置きにける

[一首の意] 夜空を移りゆく月を賞(め)で楽しんで、こうして坐っている 私の袖は、しっとりと露に濡れてしまった。

万葉集 巻第七 雑歌 1082

水底の 玉さへさやに 見つべくも 照る月夜かも 夜の更けゆけば

[一首の意] 今夜は、水底の玉までもさやかに見えてくるほどに、 清らかに照る月夜だ。だんだんと夜が更けてくるにしたがって。

万葉集 巻第七 雑歌 1083

霜曇り すとにかあるらむ ひさかたの 夜渡る月の 見えなく思へば

[一首の意] 霜が降ろうとして曇っているからであろうか、 夜空を渡る月が見えないのは。

万葉集 巻第七 雑歌 1084

山の端に いさよふ月を いつとかも 我は待ち居らむ 夜は更けにつつ

[一首の意] 山の端で出るのをためらっている月なのに、月の出をいつと 思って私は待っていたらいいのか。夜はもう更けてしまったというのに。

万葉集 巻第七 雑歌 1085

妹があたり 我は袖振らむ 木の間より 出で来る月に 雲なたなびき

[一首の意] 妻の家のあたりに向かって私は袖を振ろう。 木々の間から昇ってくる月に、雲よたなびいてくれるな。

万葉集 巻第七 雑歌 1086

靫(ゆき)懸くる 伴の男広き 大伴に 国栄えむと 月は照るらし

[一首の意] 靫を付けて朝廷に仕える武人ひしめく大伴の地に、 今夜の月は、この地がいよいよ栄えゆく証として明るく照っているらしい。
(「靫(ゆき)」・・矢を入れて背負う武具。)

万葉集 巻第七 雑歌 1270

こもりくの 泊瀬の山に 照る月は 満ち欠けしけり 人の常なき

[一首の意] 泊瀬の山に照っている月、あの月でさえ満ちたり欠けたり している。同じように死を逃れえぬ人の定めのないことよ。

万葉集 巻第七 雑歌 1294

朝月の 日向の山に 月立てりみゆ 遠妻を 待ちたる人に 見つつ偲はむ

[作者] 柿本朝臣人麻呂
[一首の意] 月があらたまって日向の山に新月が出ている。 遠くに妻を残してきた旅人は、この月を見て偲ぶことだろう。

万葉集 巻第七 雑歌 1295

春日にある 御笠の山に 月の船出づ 風流士(みやびを)の 飲む酒坏に 影に見えつつ

[一首の意] 春日の御笠の山に月の船が出た。 風流士の飲む酒坏(さかづき)に影を落として。
(「風流士(みやびを)」・・風流を解する人。)

万葉集 巻第七 譬喩歌 1372

み空行く 月読壮士 夕さらず 目には見れども 寄るよしもなし

[一首の意] 大空を行く月は毎晩目では見えていますが、 それに近寄るてだてもありません。

万葉集 巻第七 譬喩歌 1373

春日山 山高くあらし 岩の上の 菅の根見むに 月待ちかたし

[一首の意] 春日山は思ったより山が高いらしい。 岩の上に生えている菅の根を早く見たいのに、月は いくら待っても出てこない。

万葉集 巻第七 譬喩歌 1374

闇の夜は 苦しきものを いつしかと 我が待つ月も 早も照らぬか

[一首の意] 闇の夜は切なく思われるのに、早く出て欲しい と私が心待ちにしている月が早く照ってくれないものか。

万葉集 巻第八 春相聞歌 1452

闇ならば うべも来まさじ 梅の花 咲ける月夜に 出でまさじとや

[作者] 紀女郎
[一首の意] 闇夜ならばいらっしゃらないのもごもっともです。 が、梅の花の咲いているこんな美しい月夜の晩にも、 お出ましにならないというのですか。

万葉集 巻第八 春相聞歌 1464

春霞 たなびく山の へなれれば 妹に逢はずて 月ぞ経にける

[作者] 大伴家持
[一首の意] 春霞のたなびいている山が、間を隔てているので、 いとしいあなたに逢わないままに月がかわってしまった。

万葉集 巻第八 夏雑歌 1480

我が宿に 月おし照れり ほととぎす 心あれ今夜 来鳴き響(とよ)もせ

[作者] 大伴書持
[一首の意] 我が家の庭に月がくまなく照っている。 ほととぎすよ、思いやりがあって欲しい。 この月のよい夜にやって来て盛んに鳴き立てよ。

万葉集 巻第八 夏相聞歌 1508

望(もち)ぐたち 清き月夜に 我妹子(わぎもこ)に 見せむと思ひし やどの橘

[作者] 坂上大嬢
[一首の意] 十六夜の清く澄む月の光で、あなたにお見せしようと思った、 我が家の庭の橘ですよ。
(「望ぐたち」・・十五夜過ぎの月。)

万葉集 巻第八 秋雑歌 1552

夕月夜 心もしのに 白露の 置くこの庭に こほろぎ鳴くも

[作者] 湯原王
[一首の意] 月の出ている夕暮れ、心がうちしおれるばかりに、 白露の置いているこの庭で、こおろぎが鳴いている。

万葉集 巻第八 秋雑歌 1569

雨晴れて 清く照りたる この月夜 またさらにして 雲なたなびき

[作者] 大伴家持
[一首の意] 雨がすっかり晴れて、清らかに照っている月夜。 この月に、さらにまた雲よたなびくな。

万葉集 巻第八 秋雑歌 1596

妹が家の 門田を見むと うち出来し 心もしるく 照る月夜かも

[作者] 大伴家持
[一首の意] いとしい人の家の門田をみようと思って家を出てきた。 私の気持ちにふさわしく、月がこんなに照っている。
(「門田(かどた)」・・門前の田。)

万葉集 巻第八 秋相聞歌 1620

あらたまの 月立つまでに 来まさねば 夢にし見つつ 思ひぞ我がせし

[作者] 大伴坂上郎女
[一首の意] 月が改まるまでもおいでにならないので、 いつも夢に見ては、あなたのことを思っていました。
(「月立つ」・・月の初めになる。)

万葉集 巻第八 秋相聞歌 1661

ひさかたの 月夜を清み 梅の花 心開けて 我が思へる君

[作者] 紀小鹿女郎
[一首の意] 月夜が清らかなので、梅の初花が開くように、 心も開いて、今夜はお見え下さるとあなたのことを思っています。

万葉集 巻第九 雑歌 1691

旅なれば 夜中をさして 照る月の 高島山に 隠らく惜しも

[一首の意] 旅に出ている身とて、真夜中に向けて輝きを増す月が、 高島山に隠れてしまうのがとても残念だ。

万葉集 巻第九 雑歌 1701

さ夜中と 夜は更けぬらし 雁が音の 聞こゆる空を 月渡るみゆ

[一首の意] もう真夜中近く、すっかり夜も更けたようだ。 鳴き渡る雁の声だけが聞こえる空を、月が西へ渡って行く。

万葉集 巻第九 雑歌 1712

天の原 雲なき宵に ぬばたまの 夜渡る月の 入らまく惜しも

[一首の意] 天の原に一点の曇りもない宵なのに、 この夜空を渡る月が沈むのがとても心残りだ。

万葉集 巻第九 雑歌 1714

落ちたぎち 長るる水の 岩に触れ 淀める淀に 月の影見ゆ

[一首の意] 激しく落ちて逆向きに流れる水が岩に当たって堰きとめられ 淀んでいる淀みに、澄みきった月の映っているのが見える。

万葉集 巻第九 雑歌 1719

照る月を 雲な隠しそ 島蔭に 我が舟泊(は)てむ 泊り知らずも

[作者] 春日蔵
[一首の意] 明るく照る月を雲よ隠してくれるな。 島の蔭で私の舟を泊めようと思うが、よい船着場がわからないから。

万葉集 巻第九 雑歌 1761

みもろの 神なび山に たち向ふ 御垣(みかき)の山に 秋萩の

妻をまかむと 朝月夜 明けまく惜しみ あしひきの
山彦響(やまびことよ)め 呼びたて鳴くも
[一首の意] 神の降臨される神なびの山に向き合って、 瑞垣(みずがき)のようにとり巻く山並みの中で、 秋萩の花妻と共寝をしようと、有明月のこの夜の明けるのを 惜しみながら、山彦を響かせ、雄鹿が呼び立てて鳴いている。

万葉集 巻第九 雑歌 1763

倉橋の 山を高みか 夜隠(よごも)りに 出で来る月の 片待ちかたき

[作者] 沙弥女王
[一首の意] 倉橋の山が高すぎるせいか、夜遅くまで月が出ない。 その月がじれったくて待ちきれない。

万葉集 巻第十 春雑歌 1874

春霞 たなびく今日の 夕月夜 清く照るらむ 高松の野に

[一首の意] 春霞がたなびいて今宵の月ははっきり見えないが、 清らかに照らしているだろう、高松の野の辺りでは。

万葉集 巻第十 春雑歌 1875

春されば 木の暗(くれ)多み 夕月夜 あほつかなしも 山蔭にして

[一首の意] 春になると木の下闇が多くなるので、せっかくの宵の月も すっきりと姿を現してくれない。こんな山蔭にいると。

万葉集 巻第十 春雑歌 1876

朝霞 春日の暮は 木の間より 移ろふ月を いつとか待たむ

[一首の意] 春の長い一日がようやく暮れていったならば、 今度は木の間から姿を現す月がいつになったら出てくれるのかと、 待ち遠しくなることであろう。

万葉集 巻第十 春雑歌 1887

春日にある 御笠の山に 月も出でぬかも 佐紀山に 咲ける桜の 花の見ゆべく

[一首の意] 東の春日にそびえる御笠の山に、早く月が出てくれないものか。 西の佐紀山に咲いている桜の花がよく見えるように。

万葉集 巻第十 春雑歌 1889

我がやどの 毛桃の下に 月夜さし 下心よし うたてこのころ

[一首の意] わが家の庭の毛桃の下に、月の光が射し込んで、 心の中がなぜか楽しい。不思議にこのころは。

万葉集 巻第十 夏雑歌 1943

月夜よみ 鳴くほととぎす 見まく欲り 我れ草取れり 見む人もがも

[一首の意] よい月夜だとばかりに鳴いて渡るほととぎす。 その姿を一目見ようと、私は草を採っている。 誰か一緒に見る人があればよいのに。

万葉集 巻第十 夏雑歌 1952

今夜の おほつかなきに ほととぎす 鳴くなる声の 音の遙けさ

[一首の意] 今夜、月がなくて心細い気持ちでいるときに、 この夜の闇を通して、ほととぎすの鳴く声がはるばると響いてくる。
(「おほつかなきに」・・暗くて物のあやめも定かでなく、心細い。)

万葉集 巻第十 夏雑歌 1953

五月山 卯の花月夜 ほととぎす 聞けども飽かず また鳴かぬかも

[一首の意] 五月の山を月が照らして、卯の花をほの白く浮き立たせて いる今宵、こんな夜のほととぎすは、いくら聞いても飽きることがない。 もう一度鳴いてくれないものか。

万葉集 巻第十 秋雑歌 2010

夕星(ゆふつづ)も 通ふ天道(あまぢ)を いつまでか 仰ぎて待たむ 月人壮士

[一首の意] 宵の明星も、もう往き来している天道を、 いつまでもふり仰いで待っておればよいのか。月の舟の若者よ。

万葉集 巻第十 秋雑歌 2025

万代に 照るべき月も 雲隠り 苦しきものぞ 逢はむと思へど

[一首の意] 幾万年も照らすはずの月さえも、雲隠れして見えなくて、 ほんとに切ない。逢いたい逢いたいと思っているのに。

万葉集 巻第十 秋雑歌 2043

秋風の 清き夕(ゆふへ)に 天の川 舟漕ぎ渡る 月人壮士

[一首の意] 秋風が清く吹く今宵、月の若者が早くも 天の川に舟を出して漕ぎ渡っている。

万葉集 巻第十 秋雑歌 2051

天の原 行きて射てむと 白真弓 引きて隠(こも)れる 月人壮士

[一首の意] 天の原を往き来して獲物を射止めようと、 白木の弓を引き絞ったまま、山の端に隠れてしまった月の舟の若者よ。

万葉集 巻第十 秋雑歌 2131

さを鹿の 外(よそ)に雁が音 聞きしより はだれ霜降り 寒しこの夜は

[一首の意] 雄鹿が妻を求めて鳴いている折しも、月も冴え渡り、 はるかに雁の鳴き声が聞こえる。雁は今しもやってくるらしい。

万葉集 巻第十 秋雑歌 2202

黄葉(もみち)する 時になるらし 月人の 桂の枝の 色づく見れば

[一首の意] いよいよ木の葉が色づく時節になったようだ。 月の桂の枝が色づいて、光がいちだんと冴えてきたところを見ると。

万葉集 巻第十 秋雑歌 2205

秋萩の 下葉もみちぬ あらたまの 月の経ぬれば 風をいたみかも

[一首の意] 秋萩の下葉がすっかりもみじした。 月が改まって、風がいちだんと激しくなったからであろうか。

万葉集 巻第十 秋雑歌 2223

天の海に 月の舟浮け 桂楫(かつらかぢ) 懸けて漕ぐみゆ 月人壮士

[一首の意] 天の大海原に月の舟を浮べ、桂の櫂(かい)をとりつけて 漕いでいる。月の若者が。

万葉集 巻第十 秋雑歌 2224

この夜らは さ夜更けぬらし 雁が音の 聞こゆる空ゆ 月立ち渡る

[一首の意] 今夜はもうすっかり更けたらしい。雁の声だけが聞こえる空を、 月が悠々と渡っていく。

万葉集 巻第十 秋雑歌 2225

我が背子が かざしの萩に 置く露を さやかに見よと 月は照るらし

[一首の意] あなたが插頭(かざし)にしていらっしゃる萩に置く露の 輝きをはっきり見よとばかりに、月はこんなに照り映えているに 違いありません。
(「插頭(かざし)」・・・花や小枝を髪に插(さ)して飾りとしたもの。)

万葉集 巻第十 秋雑歌 2226

心なき 秋の月夜の 物思ふと 寐(い)の寝らえぬに 照りつつもとな

[一首の意] 思いやりのない秋の月が、物思いに沈んで眠れないのに、 むやみにあかあかと差し込んできたりして・・。

万葉集 巻第十 秋雑歌 2227

思はぬに しぐれの雨は 降りたれど 天雲晴れて 月夜さやけし

[一首の意] 思いがけずに時雨の雨は降ったけれど、 大空を覆っていた雲がすっきり晴れて、月夜がひときわ爽やかである。

万葉集 巻第十 秋雑歌 2228

萩の花 咲きのををりを 見よとかも 月夜の清き 恋まさらくに

[一首の意] 萩の花のたわわに咲き乱れる様を見よというつもりで、 今宵の月夜はこんなに清らかなのであろうか。 見ればかえって恋心が募るであろうに。

万葉集 巻第十 秋雑歌 2229

白露を 玉になしたる 九月(ながつき)の 有明の月夜 見れど飽かぬかも

[一首の意] 白露を玉に変えている有明の月は、 いくら見ても見飽きることがない。

万葉集 巻第十 秋相聞歌 2298

君に恋ひ 萎(しな)えうらぶれ 我が居れば 秋風吹きて 月かたぶきぬ

[一首の意] あの方が恋しくてならず、うちしおれていると、 秋風が寒々と吹いて、月はもう西空に傾いてしまった。

万葉集 巻第十 秋相聞歌 2299

秋の夜の 月かも君は 雲隠り しましく見ねば ここだ恋しき

[一首の意] 秋の夜の月なのでしょうか、あなたは。 ちょっと雲に隠れて見えなくても気になるように、 ほんのしばらくお目にかかれないだけで、こんなにも恋しいとは。

万葉集 巻第十 秋相聞歌 2300

九月(ながつき)の 有明の月夜 ありつつも 君が来まさば 我れ恋ひめやも

[一首の意] 九月のこの有明の月ではないけれど、今夜のようにありつつも、 これからも続けてあなたがいらして下さるのなら、私はどうしても焦がれ 苦しんだりいたしましょうか。

万葉集 巻第十 秋相聞歌 2306

しぐれ降る 暁月夜(あかときづくよ) 紐解かず 恋ふらむ君と 居らましものを

[一首の意] 冷たい時雨の降る明け方近いこの月夜。 こんな夜に紐も解かずに私に焦がれていらっしゃるというそのお方と 一緒にいられたら嬉しいのですが・・。

万葉集 巻第十 冬雑歌 2325

誰が園の 梅の花ぞも ひさかたの 清き月夜に ここだ散りくる

[一首の意] いったいどなたの園の梅の花なのであろうか。 清らかに澄みきった月夜に、こんなにもひらひらと散ってくるのは。

万葉集 巻第十 冬雑歌 2332

さ夜更けて 出で来む月を 高山の 嶺の白雲 隠すらむかも

[一首の意] 夜が更けたら、もう出てきても良いはずの月なのに、 ひょっとすると高い山の嶺の白雲が覆い隠しているのであろうか。

万葉集 巻第十 冬相聞歌 2333

降る雪の 空に消ぬべく 恋ふれど 逢ふよしなしに 月ぞ経にける

[一首の意] 降る雪が空で消えるように、見も消えるるばかりに 焦がれてはいるが、逢う手がかりがないままにずるずると 一月も経ってしまった。

万葉集 巻第十 冬相聞歌 2349

我がやどに 咲きたる梅を 月夜よみ 宵々見せむ 君をこそ待て

[一首の意] 我が家の庭に咲いている梅、この梅を、月のよい このごろなので、夜ごとにお見せしたいと思うそのあなたを ひたすらお待ちしているのです。


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